2019年2月10日日曜日

2019.2.10 太陽肛門とKBOとスパパーン

最近ツイッターで知り合って友達になったKBOは、弁護士なんだか弁護士じゃないんだか知らないがとにかく同い年だそうで、ツイートは音楽アンド文学とかるい下ネタでできており、褒めるときは「まぢでいい」と書くので見たくもない彼のいぼ痔を想起させるが、音楽や文学に関してマニア体質でない私としては学ぶところ多そうという理由でフォローしたのだった。初めて会ったとき中古CDを3枚くれた。そのなかにエリオット・スミスの名盤 「XO」もふくまれておったのでその節は本当にありがとう。夕方から渋谷のフレッシュネスバーガーでビールを飲んだ日だ。KBOは2階席までなんどもビールを運んだ。私は腹具合がわるかった。

そのKBOが、「太陽肛門スパパーン」がいいと言っていて、それがバンド名ということは知人のインスタグラムで存じ上げておる。白いブリーフで演奏することも存じている。この「存じている」の使い方はKBOのそれだ。それはともかく太陽を図案化すればたしかにかくじつに肛門であり、さらにスパパーンだかスパパパーンだかで、ブリーフは白いわけだ。知人は音楽好きな人だからきっと聴く価値あるバンドなのだろうが聴こうと思ったことはなかった。白ブリーフの男とは付き合ったことがない。というより肛門でブリーフなのはつきすぎだ。つきすぎは俳句用語だ。

というのを頭の片隅に置くでもなく先日、拙著『そんなことよりキスだった』の書店まわりにおいて行動をともにしてくだすった営業のAさんが海外文学が好きで佐藤さんにオススメしたい本があるんです〜とふだん私ひとりでは行かないカタカナの名前の多い棚の前に連れて行ってくださりオススメしてくだすったリディア・デイヴィス『ほとんど記憶のない女』は見つからず、かわりに佐藤が目にしたものとは!!! 次回には続かず以下です。


太陽肛門。


スパパーンはついていない、すっきりとした太陽肛門である。ピュア太陽肛門。

それは書名だった。
作者名、ジョルジュ・バタイユ。

バタイユといえばかしこい私の友人たちがちょくちょく話題にするたぶん偉大な人である。ということはだな、あの白いブリーフの彼らというのは。バタイユの引用というかオマージュというか本歌取り的なアレということなわけなわけか。すっかり見直したぜブリーフ兄さん。といっても佐藤文香はまだ「太陽肛門スパパーン」を聴いたことがなく、もちろんバタイユは読んだことがない。

というのをだな、KBOに話したわけ。話したってかLINEね。そしたらひどいんですのよ奥さん、画面のあちらであの方大爆笑ですのよ。「佐藤文香、バタイユ知らなかった これツイートしていい?w」そんなの、ツイートしていいに決まってるだろうが。ツイートしてもいいけどツイートされるくらいならブログに書くわ。というわけで書いたわ。正確に言えばバタイユは知っていた。名前だけな。

ほいで、太陽肛門スパパーンの方は聴いた。さぞかし文学的?哲学的?なのだろうと思いましたのでね、夫と一緒にリビングでね。「むさし〜こーがねいのえきに〜〜(「哀愁グッドバイ」)」で、お、いいやん、と思ったのもつかの間、「女子高生組曲」のはじめの語りで驚きましたよね。「女子高生は!オ○ニーが!好き!」

あわてて言い訳というかこの経緯、夫に話したところ、おもむろにリビングの本棚から『現代思想の冒険者たち11 バタイユ 消尽』(講談社)を手に取り、ぱらぱらとめくって「これだね」と指差してくれました。『太陽肛門』。嗚呼、やさしくてかしこい素敵な夫。私も読めるかな、太陽肛門。

2019年2月8日金曜日

2019.2.8 日差しと風、ヒヤシンス

少しあたたかいように感じたので、3つの部屋の窓を開けた。北にある夫の部屋の窓から、南にある寝室とリビングの、ベランダへ出ることのできる2つの窓にむけて風が流れた。
昨日洗濯物を取り込み忘れていたことに気づいて、ベランダに出た。洗濯物を取り込んで部屋に戻ろうとすると、レースカーテンが大きくベランダにふくらんでいた。網戸を閉め忘れていたな。
部屋に入ろうとレースカーテンをかきわけたとき、ヒヤシンスの香りがした。わが家の北からきた風が、リビングに満ちたヒヤシンスの香りをわが家の南に運ぼうとしている。
洗濯物をとりあえずダイニングテーブルに重ね上げたころには、すでに部屋は北風に冷えていた。朝の日差しの色にだまされたらしい。そういえば明日は雪も降るという。

薄曇りの午前。出窓のヒヤシンスは光に向かって斜めに咲いてしまったので、昨日わざと部屋の方向にあたまが向くように置きなおした。球根用の花瓶の代わりに丸いグラス、9割まで水を入れて縁に割り箸二本を渡し、その上にお神輿のように球根を置き、二本の箸の両端に輪ゴムをかけてある。さらに、重さで片方に倒れそうなので、そちら側の箸とグラスの間にキッチンペーパーをくしゃっと詰めてある。
透明なグラスにはリラックマのかんたんな顔が白で描かれており、水のなかを上から下へ伸びるヒヤシンスの白い根の束が、クマの顔の内部へ奇妙な柄を施している。彼にあとから与えられた脳みその配線すべてが、スケルトンな顔面を通過しているようだ。脳みそは、あおく咲いている。

レースカーテンの色が一段変わった。ふたたびの日差しである。

2019年2月4日月曜日

2019.2.4 親父のウコン乾燥機

年始、香川の叔父叔母の家に遊びに行った。叔母というのがうちの父の妹だ。
元体育教師の叔父、「最近は飛っびょんよ」というので何かと思ったら退職してパラグライダーを始めたらしい。

叔父に誰かから電話がかかってきて、電話を切った途端、「今週末スキー行くことになったわ」と言う。「スキーは前からやっりょんですか」と聞くと「平成十七年にな、」と話が始まった。

「納屋が燃えたんよ。スキーの板やら一式全部燃えてしもたん」

「え、それって何が原因やったんですか」

「思うに、親父のウコン乾燥機や」

どうやらウコン乾燥機が発熱したかなんかで火が出て納屋が焼けたらしい。その後スキー用具を買い直し、またスキーをやるようになった、という話だったんだが、私は「親父のウコン乾燥機」という単語に釘付けで、スキーのことはどうでもよくなった。

ウコンはじぶんちで育てるものなのか。ウコンはじぶんちで乾燥させるものなのか。そのウコンはどうするのか。売るのか。粉末にして家で飲むのか。ちゃんと聞けばよかった。