2019年6月3日月曜日

2019.6.3 花、名前、記憶

紫陽花が咲きはじめ、少しすると一斉に立葵が咲く。そのうちに棚の凌霄花も咲く。小さなバス同士が、かつて商店街であったはずの、今でも豆腐屋や文具屋がぽつぽつと並ぶ細い道をすれ違う。

夜はジャズバーをやっている店の、昼ごはんを食べに階段をのぼる。先客は大学生グループで、少し賑やかではあったがドライカレーを頼むような学生は信用できる。私は『記号の国』を少し読み進める。すみません、と背の高いアルバイトが到着する。腰に黒のサロンを巻いてすぐ仕事に入り、私にジャークチキンを運んでくれる。水菜の上のラタトゥユが冷たくて愉快だ。
砂糖細工のような照明が、各テーブルの上に吊られていて、昼ながら暗い店内を照らすというよりはそれ自体の美のためにほの明るくある。ターメリックで炊かれたライスに、チキンのスパイスとあぶらが移って美味い。チキンはたいへんやわらかかった。

いただいた百合と芍薬、緑がかった白薔薇トルコキキョウの花束は、我が家のなかで私や夫よりも強烈な存在。玄関を開ければもう、百合に香りを嗅がされている。蕾はふくらみ、開いていたものはより開こうとする。私たちの注目の的。
道管がよくはたらくようまめに水切りする。百合は単子葉類なので維管束はばらばらだろう。芍薬には形成層があるはずだ。そういった知識は中学校で身につけたものだ。コヒョートユージョー、ジューニソクミツブセ、ユミハツヨシ、これなども中学校で覚えた。マダツボミ、プテラ、ニドリーノ、ペルシアン、これは小学6年生のときに覚えた。大学の授業では教養としてガンダムを学んでいる。家でガンダムの話をすると夫がしきりにYouTubeを見せてくる。

夫の母は何かにつけてお酒を送ってくれる。今回は日本酒とワイン、それに家で漬けたという梅酒も送ってくれた。誕生日前夜の昨日はワインを開けた。エチケットの梟の可愛さ。キャンティはサンジョベーゼを主体としたブレンドワイン、というのも飲みながら身につきつつある。Chiantiはイタリア語、étiquetteはフランス語。最近覚えたことといえば、プリミティーボはジンファンデルであること。Primitivoはイタリア語、Zinfandelは英語。Chiantiは地名だが、PrimitivoもZinfandelも葡萄の名前でイタリアはプッリャ、アメリカならカリフォルニアを中心に育つ。

子供のころ花の名をいくぶんか覚えたのは、母親が花を見るとその名前をかならず呼んだからで、教育ではあっただろうが癖とも言え、自然と私にもうつった、だから私も何か花を見るたびに、クレマチス、カシワバアジサイ、ホタルブクロ、などと夫の横で口にしながら歩く。ひとりで川沿いを走りながら川を見ていたら月見草、その向こうに鴨、そういうときは心の中で月見草、鴨、と言う。

連休に諏訪ではじめて見たと思った苧環は、4年前の連休に伊香保でも見ていたが、そのときは名前を調べず写真にだけ撮っていて、知らない花として記憶から漏れていた。というのは、過去に自分で撮影した紫陽花の写真を探していたら、苧環の写真が出てきてわかったのだった。その日も、不思議な花だと思って写真に撮ったのだろう。もう君は知っている花だと、苧環に告げた。
榛名湖では馬に乗った。諏訪湖では遊覧船に乗った。諏訪湖の遊覧船はすわん号であった。榛名湖の馬にも名前はあっただろう。4年前はまだ、夫に出会っていなかった。今日は、34歳になった。