2017年4月24日月曜日

2017.4.24 アンソロの話4とOHAYOのヨーグルトなど

22日土曜日。
翌日がアンソロジーの対談なのでその準備をする。
アンソロジーに収録予定の54人は取り上げ方に二段階あり、18人については4ページ84句(大きな字で28句、下に小さく56句)を取り上げ、私と誰かとの対談が2ページで(『桜前線』と同じかんじ)。ほかの36人については2ページ42句(大きな字で14句、下に小さく28句)を取り上げ、半ページの紹介文になる。54人を3章に分けたので、1章につき84句枠が6人、42句枠が12人となる。
84句枠の作家18人、各章6人ずつについて、3人の大人(1968年以前生まれの方)に対談をお願いした(なので3回対談をする)。その対談の1回目が日曜なのである。とにかく6人についてエクセルでメモをつくって印刷したら矢鱈字が小さくなって、夫に見せたら、ちょっとそれ送って、と言うので、これはきっといいかんじにしてくれるに違いないと思ったら、予想通りいいかんじのメモができた。内容についても言い方がよくないところを少し指摘されて直した。

一度ユリちゃんと行って、店の良さと味の良さにひどく興奮し是非ともここで結婚パーティーをやりたいと思った阿佐ヶ谷のお店を18時に予約してあったので、夫を連れて行く。荻窪で下車し散歩がてら南阿佐ケ谷経由で阿佐ヶ谷へ。歩き出したら雨が結構降ってきてだいぶ濡れたが、澄子師匠の家の近くを通るのでピンポンして(ダッシュはせず)少し挨拶だけした。夕飯はやはり素晴らしく、料理名をまったく忘れてしまったが、前菜はふたりともうるいなど山菜の載った鰹のたたきとレモンバター風味の牡蠣のパスタ添え、メインは私はマグレ鴨で夫は牛煮込み、デザートは私は苺のムースで夫は苺のミルフィユ的なもの。飲み物は夫はビールで私はミュスカデ、そのあとはメルロー90%くらいのフルボディをカラフェでもらった。最後はコーヒー。夫に良さを語り尽くし会計後に貸切の日程をおさえて帰宅。

23日日曜日。
まずは中村裕さんを送る会。受付をした。会場の奥には、遺影のまわりに裕さんの写真や著書、関連雑誌が並んでいて、そのまわりを花が取り囲むかたちで、春らしくてよかった。向かって右のモニターには、今までの裕さんの写真がスライドで流れていて、吟行会のときのおちゃらけた写真やかっこつけた写真や、髭もじゃの頃も最近のも、みんな裕さんだった。遠山陽子さんの挨拶がよかった。敏雄だったらこう言った、悟空の会で裕さんはいつもそう言っていたのが懐かしかった。小田原の海に飛び込んだ思い出なんかも聞いたりした。私は裕さんや陽子さんから三橋敏雄を摂取するのが嬉しいのだ。桑原三郎さんが乾杯、師匠池田澄子の挨拶あたりまで聞いて会場を出た。久しぶりの方とも何人か少しお話できた。裕さんの息子さんのコズミさんの演奏が聴けなかったのは残念だった。

スタバで休憩したあと、対談会場へ。一人では心許なく、卒倒しそうなほどプレッシャーがかかっていたので、思いついて惣一郎に同行を頼んだ。荷物も持ってもらい、話も少し補足してもらい、本当に助かった。対談相手はまだ内緒にしておこう。たぶんうまくいったと思います。あと2回の対談はGW後である。19時すぎに終わって夫に電話。「ビールが飲みた過ぎるので飲んで帰るわ。夕飯が何もないからすまんが買ってきて一人で食べて」。そしてビールを飲み、日本酒も少し飲み、鯵のたたきやキス天も食べて帰った。
夫はちゃんと一人で夕飯を食べていた。それどころか布団も干し、クリーニングも出していた。素晴らしいので「こいふわヨーグルトキウイ」を買って帰った。喜んで食べていた。やはりOHAYOのヨーグルトは信頼できると思った。

24日月曜日。
11時まで寝た。ここのところ俳句の夢ばかり見る。かつての女性俳人をマッピングする夢だった。昼ごろ自転車で家を出て、イオンのなかのスタバで諸連絡の返信をしたりメール句会の選句をしたり明日のカルチャーの準備をしたりかれこれ5時間くらいいるのでそろそろ帰ろう。もちろんわくわく広場に寄って野菜を買って帰る。

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