2017年2月22日水曜日

2017.2.22 スロベニア人のSpelaと草間彌生展に行ったあと俳句の話もした

何年か前、私は友人の誘いで清澄白河のゆるいフットサルチームに入っていた。そこに誰かの同僚らしくスロベニア人のイケメンがやってきた。その彼の友達が日本に観光に来るというので、フットサルメンバーの一人が気を利かせて、我々何人かとの飲み会セッティングすることにし、おでん屋に連れていくことになった。
スロベニア側はフットサルの彼(英語ペラペラだがわりと無口)、その彼女(英語ペラペラでコミュニケーション能力高い)と、ふたりの男友達2人(英語ダメ)。
日本側はフットサルのキャプテン(研究者なので多少英語できる)と副キャプテン(英語ダメ)、宴会部長(海外出張が多く英語で下ネタなどを言える)、帰国子女(一番英語ができると思われたがあまり喋らなかった)、あと、なぜか私(英語ダメ)。私は日本語ならよく喋るというのと、たぶん女子のなかで英語ができそうだと思われたのだろう。
そのときの私はお手上げで、副キャプテンとふたりで日本語を喋っていた。ほんとは喋りたかったけれど場を乱してはならないという気がした。ただ、彼女がスープが美味しいというので、出汁のとり方は主に3種類ある、と紙に雑な魚とか海藻とかの絵を描いて渡した。彼女は喜んでInstagramとfacebookのアカウントを教えてくれた。

そしたら、有名なタトゥーアーティストだった。
Instagramのフォロワー28万3千人だって。
この人

で、ただただ感心し、ずっとInstagramを見ているだけだったんだけど、ある日、今度陶器について学びに日本に行くけどどっかいいところはないか、とメッセージが来た。私は楽焼が好き、国立近代美術館の工芸館はどうか、友達がうりきり屋という器のお店で働いている、など、Google翻訳の力で伝えた。よかったらぜひどこかで会おうと言ってもらって、今日草間彌生展に行ってきた。

私ひとりでは心許なさすぎたので、五十嵐箏曲を誘って行った。彼女の名前はSpelaのSの上に^みたいなのがついていて、「シュペッラ」と発音するようだ。草間彌生については私よりよく知っているようだった。私は草間彌生といったらカボチャくらいしか知らなかった。大きな部屋一面に正方形の作品がずらっと並べられているのはくらくらした。「めまいがする」を調べて「dizzy」を見せたら、SpelaもGoogle翻訳をつかって「それが彼女の伝えたかったこと」と応じてくれた。1950年頃の、宝石の原石の中身のような作品や水玉の禊のようなビデオも面白かった。箏曲がどこに行ったかわからなくなったので、He is freedomと言っておいた。箏曲は出口で待っていた。

見終わってから東京ミッドタウンの虎屋cafeに入った。私はSpelaにおごることにして、そしたらなにか選んでほしいと言われたので、いちごあんみつと煎茶、大吟醸入り羊羹と抹茶を頼んで、どちらがいいか聞いたら、よりtraditionalな羊羹がいいと言ったのでそうした。酒の味がしたと言っていた。羊羹は小さい枡(虎のマーク入り)に入っていて、枡は持ち帰れるとのことだったのでそう伝えた。私のあんみつの無駄に甘いいちご味の寒天と求肥を味見させてあげて、ふつうのやつのほうがうまいと言っておいた。
Spelaにスロベニア語を喋ってみてもらったり、あなたのアートはすごい、とか私は印象派が好きで、とか、先日ナムジュン=パイク展に行ったとか言った。先日買ってもらった電子辞書フル活用である。箏曲はロシアアバンギャルドが好き、とか、このスロベニアの哲学者は日本でも有名、と言ったりしていた。Spelaはすでに見てあった書道展の作品の写真を順に見せて、読めるか、どういう意味か聞いてきた。読めるのも読めないのもあった。「凛」は説明が難しすぎた。Spelaが自分のトレードマークであるskullを漢字で書いてくれ、と言ったので、箏曲が骸骨と書いた。私は筆ペンを出して筆ペンでも骸骨と書いた。そして厳密には「頭」骸骨、と書いた。骸骨の絵も描いておいた。Spelaに普段絵につかうペンを見せてもらった。世界堂で買ったという。
箏曲にあげようと思って、所属している同人誌「鏡」の最新号を持っていたのだが、箏曲にはまた今度あげることにして、Spelaにあげた。いくつか解説してと言われたので、箏曲が「とけて固まる昔の輪ゴムお正月」を指差し、「melting old rubber, happy new year!」と言った。私は、ゴム and ニューイヤー is コラージュ、ハイク is ナンセンスと言った。箏曲もハイク is not insistenceと言った。「春近しパジャマたくさんみな横縞」については、自分で「もうすぐ」と「横縞」を調べて「almost spring, many pajamas all Horizontal stripes」と言った。いろいろ間違っていそうだが伝わったようなのでいいや。

サインをしてと言われたので「また美術館行かうまた蝶と蝶」を書いておいた。箏曲が、「Let's go to the museum again, and again, butterfly and butterfly」と訳した。これは俳句で私の代表作だと言っておいた。

最後に箏曲がSpelaに、今日の何が面白かったか聞いたら、電飾が施されていた鏡の部屋が面白かったと言った。すると箏曲は、彼女があなたにあげた雑誌の名前はmirrorです、と言ってくれ、そうだそうだ、Today is mirror dayと私は言ってまとめたつもりになったが、あとで考えたら別にそうでもなかった。チケットを取るとき押し間違えて1ヶ月滞在することになった(嬉しい誤算と彼女は言う)Spelaと、また美術館にでも行くかもしれない。Spelaは陶器づくりに行ったり、成田の方にあるタトゥーOKの温泉に行ったりすると言っていた。

Spelaは自分でつくった陶器のキーホルダーをくれた。 調べて、Easy to graspと言ったら、悲しいときに握って、と言われたので、握って見せてpower!と言った。帰宅して握ったらpowerが湧いた。