2017年10月31日火曜日

2017.10.31 枡野さんとトーク、台風、渋谷のラジオ、山口講演、俳句ナイト、台風

10/18つづき
美味しいと聞いたフランスパンの店に行って昼からワインを飲み、近所の公園を散歩した。夫が飲み会なので阿佐ヶ谷でひとりで飲んでいたら夫より帰宅が遅くなってしまって反省した。食についてのこだわりは文章にしたほうがいいと感じる。

10/19
スコーン専門店でランチを食べる。豆乳ベースのかぼちゃスープもうまい。寒くてエアコンを入れる。講演の資料をつくるなど。

10/20
枡野浩一さんとのトーク@荻窪title。杉並区民になったので距離的には遠くないが、うちから最寄駅と荻窪駅からtitleまで、どちらも10分以上歩く。少し雨。枡野さんの歌集Tシャツ「好きだった雨、雨だったあのころの日々、あのころの日々だった君(枡野浩一)」を着てのぞんだ。枡野さんの作品のなかで私が一番好きな歌だ。8年前松山に住んでいたころ、松山でも何かできないかと思って入ったのがSNSの「枡野浩一短歌塾」だった。枡野さんは俳句の人として目をかけてくれた。そこで太田ユリと出会ったのは人生にとってよかった。なにも成し得ていなかったあのころからすれば、枡野さんとトークができる立場になったのが嬉しかった。『天の川銀河発電所』は、やはり作者ごとのとっかかりがわかりづらいと言われた。その点、山田さんの『桜前線開架宣言』の小論はいいと思う。そのかわり、『天の川』には編者の句が載っているのがいいと言ってもらった。関係者で荻窪で飲んで帰宅。

10/21
土曜日。ようやく夫の本棚がきた。でかいの5つ。即座に本の箱を開封し、私の指揮で片付けを始める。箱から本を出す人と、その本を本棚に入れる人のふたりでやると早いし腰をいためにくい。手伝ったかわりに、また講演のスライドをつくってもらうことにする。人には得意不得意があるのでちょうどいい。夫が風呂に入っている間に、パソコンのゲームのエアホッケーで「つよいモード」のクマのしんたろうに初めて勝利し、「さいきょうモード」のパンダが出てきた。名前はじゅぴたん。1-7で負けた。

10/22
日曜日。台風のなか、「渋谷のラジオ」に出演するためバスと電車で渋谷へ。
聞けます→こちら
『天の川銀河発電所』のことなどを話してあっという間だった。
夫は家で私の講演のスライドをつくりながらラジオを聴いてくれていたのだが、「お疲れ様」とは言っても褒めてくれないことに対して泣き、褒めるとはなんなのか、夫と自分の自己肯定感の違いの部分から説いて聞かせる。「絶賛力」という新書が書けそうなほど語った。「今あなたが褒めることに需要があるのだ」など、名言が炸裂した気がするが録音していなかったのが残念だ。

10/23
カーテンが来た。これですべてのカーテンが揃った。山口行きの準備などをする。

10/24
山口へ。飛行機と迷ったが新幹線で行くことにした。新山口駅からバスに乗り湯田温泉へ。大きなホテルにチェックイン。銭湯「亀乃湯」に入り牛乳を飲み、句碑などを訪ねて少し散歩したあと杉山久子さんと夕食。山口は日本酒がたくさんあるのでいい。東京でも飲めるが東洋美人はやはり美味い。貴もいい。ホテルの大浴場にも入り、そのあと部屋で少し飲もうかと思って「山頭火」の生酒の小瓶を買うも、あまり飲まず。

10/25
朝から山口大学の鶴田くんを誘って中原中也記念館へ。詩を見てからお茶をし、湯田温泉駅まで一緒に行って、近くの川辺も散歩。でかいバッタと赤とんぼ、蜥蜴がいた。新山口駅で瓦そばを食べ、今回メインのお仕事へ。山口県の高校の先生の前で講演。前回の愛媛の中学生の先生の講演よりはうまくいったが、今年4つの講演をやってみて、教育関係者向けにしゃべるよりも俳句を知らない人向けにしゃべる方が向いていると感じたので、これから教育系の仕事がきたらできるだけ誰かに譲ろうと思う。終わってビールを飲み、新幹線で昨夜の山頭火の残りを飲んだ。

10/26
一度は入荷未定になっていたオシャレテーブルが届く。リビングもどうにか片付いて、家らしくなった。南阿佐ケ谷から阿佐ヶ谷まで歩き、新宿へ行き、こまごまとした用事その他を済ます。夫が少し飲んで帰るというので、高円寺のなっちゃんの店で飲んで待っていて夫も来て少し飲んで帰宅。

10/27
左右社で次のトークイベントと来年からの仕事の打ち合わせの2つ。夫の母から送られてきた「天の川銀河発電所」のラベルの焼酎を持参する。最近はラベルを自分でつくれるサービスがあり、それをつかってつくってくれたようだ。THREE青山でクレンジングなどを購入し虎ノ門へ。カフェインホリックで少し休憩ののち、日本酒のお店「カナデ」で阪西敦子さんとの俳句ナイト。我々プラスお客さん7名で満席。あっちゃんは着物で来てくれた。みなさんはじめは緊張していたがゲームなどをやったあと、「ひやおろし」を飲みながら「ひやおろし」で一句。ひやおろしは季語ではないが、名句をつくって季語にしようという意気込みでやった。終わってからあっちゃんとタクシーで帰る。あっちゃんが寝てしまったのでがんばって起きていた。家が近いのでよかった。

10/28
土曜日。クリーニングを出して、家の管理会社で用事を済ませ、買い物をして帰宅。またしても台風が来ているという。午後はユリちゃんと息子が遊びに来てくれた。後半、私とユリちゃんが打ち合わせを始めてしまい、うちの夫がユリちゃんの息子と遊んでいた。バス停まで送って少し惣菜を買って帰宅。昨日カナデでもらった日本酒で今期初の鍋。吹きこぼれて朝まで部屋が鱈くさかった。こまごまとした仕事をして寝る。

10/29
日曜日。台風。布団にこもって11句つくる。久々の句作。あとは昼夜のご飯をつくったのと、少し片付けを進めたくらいで何もできず。引っ越してきてはじめて家から一歩も出なかった。

10/30
台風一過、風がつよい。澄子さんのおうちにお邪魔し(スコーンを買っていくつもりが、日月定休だったので、パンを買っていく)ランチ、額と色紙などをいただいて、澄子さんを連れてうちへ。部屋を見てもらう。澄子さんと別れて、さあ打ち合わせで池袋へ行かねばと思ったが、相手の仕事がたいへんなことになりキャンセル。気圧の急上昇で調子がいまひとつだったので昼寝をした。夕方起きて自転車で出てコーヒーを飲み、米屋で米を買って、スーパーで少し買い物をして帰る。夫の部屋から出てきた2011年の白ワインを飲みながら米を炊き、飯をつくって、少し連絡などをして、夫と夕飯。霜降りひらたけと牡蠣のバター炒めが非常にうまくでき、満足する。日本酒を少しと、焼酎は島美人を開けた。家に酒があると思うと出て行かずに済むのはいいこと。NHKカルチャーで何をやるかを考えながら寝た。

10/31
もう10月も終わり。今日はカルチャーの日。朝からレジュメを手書きでつくる。手書きの方が考えていることがそのまま伝わる気がするので、しばらく手書きでいってみようと思う。音響学会の文字起こしがきていたのでそれの校正をした。さて昼飯をどうするか。
10月になったら時間ができると思ったが、関西行き、引っ越し、イベントに山口行きと、バタバタして終わってしまった。

2017年10月18日水曜日

2017.10.18 怒り狂い泣いた

10/4
イオンのスタバで仕事。灘校土曜講座のレジュメをつくるなど。編集さんに柏まで来てもらって打ち合わせ。

10/5
小部屋句会。西日暮里開催もこれで最後となる。今回のお題は「用言のない句」。二次会はいつもどおり宴客。よい店だったなぁ。海老と卵のやらかいのが好きだった。思い出。

10/6
移動日。新幹線で新神戸へ、から三ノ宮。雨。せっかくの三ノ宮なのでひとりで飲みに出た。「西区のいちじく」をつかったサラダがあったので食べた。シェフに「西区のどこですか」と聞いたら「太山寺」とのこと、私がもし神戸で中学に行くとしたら太山寺中学校だったので感慨深かった。しかし三ノ宮から見ると「西区」というだけで田舎を示すわけで、私はふだん神戸市出身と言って譲らないが、神戸の人と会うと「西区です」と恥ずかしげに言わなければならない理由がおわかりいただけるだろう。味はよかったが非常に高くついたので反省した。

10/7
灘校の土曜講座。「君の俳句を僕が書く」という、日記を交換して取材、句作という流れ。去年の講座にも出てくれた子が、去年のも面白かったと言ってくれたので嬉しかった。昼は森本先生とランチ。
新大阪のホテルにチェックインし、夫を待つ。夫とともに梅田の蔦屋書店へ。お洒落すぎてビビった。正岡豊さんとトーク。ラグジュアリーな会場にいい塩梅に人が入り、正岡さんのお話を聞かせてもらうかたちで進めた。2時間あってもよかったくらい。蔦屋の永山さんが、天の川収録作家の句集をできるだけ集めて並べてくれた景色が素晴らしかった。二次会は同じビルの中華。藤田哲史氏が来てくれていたことに涙しそうになったがこらえた。

10/8
日曜日。現代俳句協会関西支部の青年部のはからいで、岡野大嗣さんとトーク。広島などからも若い人がたくさん来てくれて満員。作品の内容というよりは句集・歌集について話した。みんなでおしゃれカフェでランチ、葉ね文庫にも少し寄ってご挨拶。
新大阪で従姉と会い、夫と3人で昼ビール。従姉と私がマシンガントークしているのを聞いて夫が笑っていた。帰りの新幹線ではあまり寝なかった気がする。

10/9
体育の日。だらだら過ごす。

10/10
駅前の市役所の出張所で転出届を出し、毎月のお寺の句会。いつも3人しか来れず、欠席投句の方が多い句会だが、今回は1人だったのでマンツーマンだった。しかし私はこの句会が大好きである。

10/11
ジェイコムの人が来てチューナーを取り外す。テレビ関係のことはよくわからない(自分からつけないので)。月評を書いて出す。期日前投票を済ます。済ませたあとでなんだが、流山おおたかの森に枝野さんの演説を聞きに行き、翔とお茶をし、柏を散歩し、ペンギンで飲んで帰る。柏暮らし、同じ方面に翔がいてくれて助かった。

10/12
新居へ。駅から家までの道に小さなベーグル屋とパン屋があり、パン屋の方で柿のフォカッチャを買って食べる。カーテンの一部と大型の家具(テレビと電話を置くやつ、キッチンボード、ベッド)が届き、ガスの開栓。床をクイックルワイパーで拭いた。ウエットシートの方を買ったら、匂いがすごすぎてもう使いたくない。

10/13
荷造り開始。2人女性が来てくれて3時間半梱包してくれたが、夫の部屋が終わらなかった。絶望的な気分になる。現実逃避のためペンギンに夫と挨拶に行ったら花束をもらって嬉しかった。柏にお越しの際はぜひペンギンパレードでビールを飲んでね。

10/14
土曜、搬出日。雨。13時半ごろまでに積み込みが完了し、退去チェック、大荷物で柏駅から千代田線直通の各駅停車に乗り込んだ。おしっこに行きたくなって綾瀬で途中下車して乗り直した。国会議事堂前で丸ノ内線に乗り換えるのが普通だが、疲れていたこともあり、千代田線で代々木上原駅まで行き、そこからタクシーで新居へ。タクシーを階下で待たせ、そのまま荻窪へ。照明をひとつ買い、頼んでおいた寝具を無印で買って帰る。照明を寝室に取り付け、その照明が入っていた段ボールをベッドに敷き、セブンイレブンの麺類とビール。シャワーを浴びて寝た。

10/15
日曜、搬入日。雨。9時にまず上下の部屋の方に挨拶する(隣の方は出なかった)。搬入が始まり、リビング、台所、寝室などは私の指示でどんどん片付いていった。途中で見に行くと夫の部屋は指示が不十分な上、開封すべきでない箱を開封して大変なことになっていた。私がやるべきだった。なぜそんなことになるかというと、夫はかなりの量本を持っているのに今まで軽いカラーボックスを本棚代わりにしていたので、これを機会に本棚を買うように言ったのだが、いつまでも本棚を選ばず、ようやく選んだと思ったらまたお洒落棚のようなものを買おうとしていたので、それをやめさせて、でかい本棚を5つ買うことにしたが時すでに遅く、搬入に間に合わなかったため、100箱もある本の段ボールがほぼ開封できないという状況になっていて、それは想像できたのだが、2つだけ持ってきたカラーボックスに入れる分のA4の書類をまず開封せよと言ったら入らない分までどんどん開封してしまいわやになっていた。しかも机の置き場も違う。夫の部屋に入らない段ボールがリビングに流れてきてリビングに20箱くらいある。この人はどうして物を片付ける能力がないんだろう、と絶望し、私と本とどっちが大事なの、全部捨てたい、と怒り狂い泣いた。泣いてもしょうがないので気持ちを切り替え、蕎麦屋に行ってうまい鴨や蕎麦を食べ日本酒を飲んでいたら、ご近所(徒歩12分)となった澄子師匠が蕎麦屋に顔を出してくれた。
築17年、賃貸の低層マンションの1室だが、お気に入りにしたいと思い、部屋に名前をつけることに決めた。ツイッターで「#自分ちの名前」でほかの人の家の名前を見て参考にさせてもらい、「日月や走鳥類の淋しさに(三橋敏雄)」の色紙をいただいて持っていることから「走鳥堂」と決定した。芥川龍之介の「澄江堂」に似た響きなのも気に入っている。夫の部屋は絶望的だが住まい自体は気に入っている。

10/16
カーテンがまた少し届く。午後は新宿へ行き、ニトリ、東急ハンズ、unico、ヨドバシカメラ、無印良品をまわって、足りない家具をいくつか調達。新宿は何口に出てもだいたいの地理がわかるので、地図を見ずにまわれるのがよい。神戸から引っ越し、松山から上京し、いつも新宿の近くに住んでいた。今回の家は最寄り駅まで徒歩13分、最寄り駅から新宿まで10分といったところで、今までよりは少し遠いが柏とは雲泥の差である。夜は現実逃避のため、夫に食堂で食べてもらうことにして、自分は高円寺の寿司屋で少しつまんでなっちゃんの店で飲んで帰った。

10/17
クリーニングを出して目黒の整体へ。クリーニングは柏の倍くらい高い。整体では、バウムクーヘン状に悪い物が溜まっていると言われた。ミスドでおやつにポンデ黒糖を食べ、区役所で転入届を出し、警察署で免許証の住所変更をして、枡野さんのいない枡野書店をあららさんに開けてもらい、資料を借り、歌集Tシャツをいただいて帰る。帰り道にお惣菜屋さんがあって、試しに2種類を100gずつ買ったら美味しくてほとんど食べてしまった。新居で初めて料理。キッチンが広くてラク(今までが狭かった)。
夫が帰宅してご飯を食べさせたあと、夫の部屋をどうにかするべく、私が指示を出し夫にタスクをこなさせるかたちで片付けを進めた。「見てみないと捨てるかどうか判断できないもの」の存在がすべての進行を遅らせるのでそれをまた段ボールに戻させる。英語のハウツー本も5冊に絞ってあとは捨てよ、捨てたら1冊買ってよしと命令。新書も文庫もあと100冊くらいずつは捨ててほしい。本来ならば夫の部屋の中心部に置くはずの本棚をいったんリビングに置き、その分の段ボールを急ぎ開封することでだいぶマシになった。腰が痛くなった。気をつけよう。

10/18
引っ越してきて初めての晴れ。7時ごろ起きて可燃ゴミを出し、洗濯もして、メールを返信し、今日もカーテンが届くのを待っている(3度に渡るカーテンの到来、これが最後。出窓のレースカーテンはニトリとはいえオーダー品なのだ)。

追記 いつまで経ってもカーテンが届かないと思ったら、何を勘違いしたか23日着予定だった。出窓にレースカーテンがない日はまだ続く。

2017年10月3日火曜日

2017.10.3 高田牧舎と高田獄舎のこと

9/25
松山へ。道後で生駒くんと会ってお茶。『天の川銀河発電所』のことなどを話す。公募作家がよかったと言われて嬉しい。実家に帰宅して夕飯。

9/26
音響学会で講演「聴く俳句 俳句は音でできている」。『天の川銀河発電所』から音やリズムのいい句を選んで解説した。興味を持って聴いてくださった方が多く嬉しかった。私は研究者ではないのだが、俳句の日本語学的なアプローチはもっとなされていいと思う。終わって一旦帰宅し、大街道へ出て、講演を聴いてくれた岡田さんとまいまいさんと生駒くんとお茶。岡田一実さんの「薔薇ピンクイエローのり子美容室」という句は、見た目も内容も派手だし、濁音・半濁音・撥音・母音・長音・濁音・長音、と、音的にも派手な句である(講演でも紹介した)。そこで食べた季節の果物とラムレーズンのサンドがめちゃめちゃ美味かった。マスカットと栗が入っていた。全日空ホテルでの懇親会のあと、ひとりでバーに行きひとりだったのでマスターたちと話した。地方だと女子のひとり飲みはあまりないとのこと。

9/27
帰京。と言っても、まだ柏。帰柏、か。

9/28
台所用の大きい家具が新居に入るかを確かめるため、新居へ。見積もりはすぐ終わり、新宿で本を買って、東京駅ナカをぶらぶらしたりして帰る。思いのほか疲れた。

9/29
新聞社で少し取材を受けたあと、夫の上司9名に結婚のご挨拶の飲み会。由緒ある築地の料亭で、なくなってしまうのは惜しく思われた。刺身に鯛の塩焼き、金目の煮付け、寿司、からすみ。どなたかが持ち込んでくださった「結」という結城の酒が美味かった。みなさんからフライパンなどをいただく。

9/30
午後、B&Bで澤井悦郎『マンボウのひみつ』刊行トークを聴く。今文学フリマに向けて関悦史さんと『翻車魚(まんばう)』という薄い本(隠語でなく単に薄い)をつくっており、その巻頭に『マンボウのひみつ』著者の澤井さんにご寄稿いただいた。ウシマンボウというのは本当にでかい。マンボウについてはだいぶ詳しくなってきた。
夜は青山ブックセンター本店で『早稲田文学 増刊 女性号』の川上未映子編集長が大いに語るイベント。俳句についてもたくさん語っていただき非常に励まされた。「バリおもろいメリやばいメリって何なん寒(さぶ)」という句を関西アクセントで読んでいただいた。L(低い)H(高い)のアクセントで書くと、「バリおもろい(LLHHLL)メリやばい(LLHLL)メリって何なん(LHっLLHLL)寒(LH)」となります。わかる方はそれで読んでみてください。

10/1
日曜日。夫と市役所の出張所に転出届を出そうと行ってみたら日曜は休みであった。新居には固定電話を置くことにしたので、電話を買って帰る。

10/2
先日行けなかった病院へ。今年の夏の終わりは皆調子悪かったと先生が言っていた。ブックス・ルーエでサイン本を少しつくって帰る。花本さんに具合が悪そうだと言われ、電車に乗ったらどんどん具合が悪くなった。低気圧のせいだ。

10/3
低気圧などで15時ぐらいまで寝たり起きたりしていた。ツイッターで話題になっていた高田獄舎さんのブログについて、私ははじめから感想だと思って読み、だから面白いところも違うと思うところもあったし、それにしても偉そうだなと思ったが、(批評ではなく感想なので)反論や紹介をするほどのこともないとして、関わらなかった。
『天の川銀河発電所』の作家の方は、嫌なことを言われても、全部佐藤のせいだ、と思ってもらえばいいです。もしあなたの良さが伝わらないのであれば、本のつくりや作品紹介や選句や並べ方がまずいということで、それは私のせいです。私としては、今回作品を収録させていただいた方を作家として信頼しているし、作品を収録しなかった方にも、素晴らしい作家はいるし、どちらにもこれから面白い句を書いてほしいと思っています。

関係ない話。ご存じない方もいると思うので書くが、早稲田には昔から「高田牧舎」なる洋食屋がある。獄舎さんの名前はそのもじりであり、私にとっては非常に思い出深い。
早稲田の日本文学の教授のなかには、早稲田出身の先生も多く、よって早稲田の万葉集研究会で出会ったうちの両親のことをよく知っている人たちも何人かいて、そういった先生はみんな私の保護者と化していた。そんなわけで授業後に話しに行ったりすると「お父ちゃんは元気か」などと言われるのが常だった。大学入学当初、そんな先生の一人に、初めて連れて行ってもらったのが「高田牧舎」だ。早稲田に来たな、というかんじがした。
その後も「先生らが行く店」感があるところだった。しかし、今情報を見るにリニューアルして石窯ピッツァなどを出すようになったらしい。なんとなく残念である。どうせなら「高田獄舎」にでもして、辛いものばかり出す店にしたらよいのに。
この前ある店で「茄子のディアボロネーゼ」なるパスタを食べたが、「ディアボロ(悪魔)」と「ボロネーゼ(ミートソースの仲間)」をかけているらしく、辛かった。その上花椒がつかってあったので、「麻婆茄子がけパスタ」といったところだ。「高田獄舎」という店があるとすれば、それっぽい食べ物である。