2025年3月10日月曜日
2025.3.7-9 須磨・姫路・岡山・倉敷
2025年3月4日火曜日
2025.3.4 「CARE」整理と再始動のおしらせ

2024年11月20日水曜日
2024.11.20 『君に目があり見開かれ』の、10年後
この前、カラオケに行った。句会後の、飲み会のあとだ。
鴇田さんと若くんと私で、だ。
*
福田若之とは2011年『俳コレ』で私が福田若之100句の小論を書くときに親しくなった。就活に失敗したまま大学を出た私は、どうにか第一句集『海藻標本』を出し、その1年は東京で粘ったが、その後2年間松山に帰り、とくにあてもないのにまた東京に出直してきた。それが2011年である。当時私が住んでいた笹塚の1Kのアパートで、生駒大祐と3人で遊んだ日の写真には、折り畳みのすのこベッドが写っている。狭かったが友達は呼べるようにしたかったから、普通のベッドを置かなかったのだ。この写真はお気に入りに入れていて、今でもたまに見る。
その後少し高円寺に住んだ。第一期guca時代。死んだゴキブリの処理ができず、雪舟さんが我が家に駆けつけてくれたのもいい思い出だ。このとき夢を語った太田ユリは左右社でどんどん夢を叶えている。雪舟えま『地球の恋人たちの朝食』、ついに書籍化。『**のうた』シリーズ、いいですよね。
10年前の2014年11月20日、第二句集『君に目があり見開かれ』が出た。
手紙即愛の時代の燕かな
歩く鳥世界にはよろこびがある
風はもう冷たくない乾いてもいない
冬晴れて君宛の手紙はすべて君に
また美術館行かうまた蝶と蝶
そのころの私は、中野新橋のマンションに、自分より5〜10歳若い友達を呼んでは句会や鍋パーティーのようなことをして、元気を出していた。毎回写真を撮った、それらもお気に入りに入れてたまに見ている。飛騨高山に旅行に行ったのも懐かしい。そのとき一緒に行った黒岩徳将の第一句集『渦』が今年出た。青木ともじの第一句集『みなみのうを座』が、もうすぐ発売になる。一方で自分と同年代の人たちは、とっくにちゃんと社会人をやっていた。
鴇田智哉第二句集『凧と円柱』が出たのも2014年だった。田中裕明賞は誰がどう考えても『凧と円柱』だと思っていたが、蓋を開けてみると小川軽舟・岸本尚毅のイチオシは『君に目』で驚いた。あれはありがたいことだった。もしあのとき、この句集が完全に無視されていたら、私は俳句から離れていたかもしれない。自分にとって面白かった『凧と円柱』がちゃんと田中裕明賞を受賞したことも、よかった。
2014年、私は29歳だった。
俳句を書くこと、人を好きになること、酒を飲むことしかできなかった20代だった。
今もあまり変わっていないけれど、最近は、自由詩を書くことを覚えた。
*
若くんが「secret base〜君がくれたもの」を入れたから、私も歌った。
ハモりもしたが、ユニゾンのサビこそ素晴らしいのだ、この曲は。
君と夏の終わり 将来の夢 大きな希望 忘れない
10年後の8月 また出会えるのを信じて
最高の思い出を ZONE「secret base〜君がくれたもの」
冬木立しんじれば日のやはらかさ 『君に目があり見開かれ』
2024年5月27日月曜日
2024.5.27 5/17~19 松山・今治
とりあえず、先日の松山・今治の話。
2023年12月26日火曜日
第四句集『こゑは消えるのに』(港の人)のことと、写真展のおしらせ
『君に目があり見開かれ』は、「レンアイ句集」という副題?コピー?が付いてましたが、次出る『こゑは消えるのに』はその意味では「アメリカ句集」です。アメリカでの1年間の作品なので、極私的なnoteです。そうか、極私的という点で2冊は似ていて、だからひらかれている、と言えるかもしれません。
— Ayaka Sato🤙 (@kamonnohashi) December 11, 2023
🎄句集『こゑは消えるのに』本日発売です🎄
— Ayaka Sato🤙 (@kamonnohashi) December 24, 2023
紀伊國屋書店新宿本店でサイン本をつくってきました。サイン本は明日以降の販売になるようです。
『おやすみ短歌』、『渡す手』もよろしければ🎁 pic.twitter.com/spEaBSUwAY
みなさん、あたたかくして、よい年末年始を。
2023年11月10日金曜日
第一詩集『渡す手』(思潮社) あとがきに代えて
2022年4月3日日曜日
2022.4.2 忘れる/忘れない、残らない/残る
2022年2月9日水曜日
2022.2.8 信号のない横断歩道を渡るときだけ
2021年8月1日日曜日
2021.8.1 『菊は雪』ツアー
7月下旬に博多と長崎、大阪に行ってまいりました。句集出版後だったので、自分としては『菊は雪』ツアーと銘打っての旅行だったのですが、こんな時期なのでトークイベントなどをするでもなく、本屋さんへのご挨拶および最低限会いたい人に会うというだけのささやかなものでした。
旅行前の時点でワクチンは1度目を接種しており、直前数日も人と会う機会は最低限に減らした上で出発。帰京後1週間経過し、自分もお会いした方も罹患していないことを確認したので記録として残します。延期しなかった理由はこちら
佐藤文香さんにご来店いただき、句集『菊は雪』(左右社)のサイン本を作っていただきました。
— ジュンク堂書店福岡店 (@jnkfkok) July 21, 2021
雪のように光る装丁がとても美しい一冊です。
一階文芸書壁面、俳句のコーナーにて展開中です。サイン本は数に限りがありますのでお早めにご来店ください。 pic.twitter.com/phVZOxOHgJ
第三句集『菊は雪』を刊行された佐藤文香さんにご来店いただきました。全550句収録+巻末の句集制作ドキュメンタリー「菊雪日記」も充実の内容。装丁は佐野裕哉さん。店名入りでサイン色紙を書いていただき恐縮です。大切に飾らせていただきます。サイン本を作っていただきましたのでお早目にどうぞ。 pic.twitter.com/OvZIx4FzDg
— 本のあるところ ajiro (@ajirobooks) July 21, 2021
博多を訪れたのは初めてでした。ジュンク堂書店福岡店では、担当の松岡さんがwebちくまの連載「ネオ歳時記」を読んでくださっていて盛り上がり(ナマエミョウジさんのファン!)、本のあるところajiroでは、店長の坂脇さんだけでなく書肆侃侃房の田島社長ともご挨拶できました。
大阪ではまず、紀伊國屋書店梅田本店さんと梅田蔦屋書店さんにご挨拶しました。
昨日、佐藤文香さんにご来店いただき、『菊は雪』と『天の川銀河発電所』のサイン本を作っていただきました!
— 梅田 蔦屋書店 (@umetsuta) July 24, 2021
『菊は雪』は特典『短詩系マガジンguca[グーカ]最終号』付きです。オンラインショップでもご購入可能です! #佐藤文香 #菊は雪 #左右社https://t.co/RomzGKFTt2https://t.co/YWKmak6Y6Q pic.twitter.com/kLdENRWRpS
梅田の蔦屋書店さんでは『天の川銀河発電所』のサイン本もつくりました。
最終日は葉ね文庫にてサイン会。お久しぶりの方や会ってみたかった方と会えてよかったです。
昨日葉ね文庫 @tobiyaman におこしくださったみなさん、ありがとうございました。また会いましょう。 pic.twitter.com/uqCFmik79m
— Ayaka Sato (@kamonnohashi) July 25, 2021
本当はもっといろんな思い出があるのですが、それはまた別の機会に。
旅の作品はこちらでお読みいただけます。
→翻車魚ウェブ 028*2021.8 佐藤文香「夏一覧」
長崎4句+大阪1日目2句+2日目4句=計10句。
2021年6月3日木曜日
2021.6.3 第三句集が出ます
2020年10月10日土曜日
2020.10.10 洋楽と英語とミスカト
中学1年のときに選択英語の「英語の歌を歌おう」で習った曲の曲名がどうしても思い出せず、「So excuse me forget」で調べたらElton John「Your Song」だとわかったのでインターネットに感謝している(forgettingだったが)
— sato ayaka (@kamonnohashi) October 10, 2020
あのときミスカトが全員のカセットテープ(!)に入れてくれたプレイリストは何度も聴いた。全曲の英語と日本語訳(たぶん先生自身が考えたのではないか)の歌詞カードも配布され、ホチキス留めの冊子にした。今思い出せるだけでも、
Eric Clapton「Tears In Heaven」
もっと聴きたい人はさらにもうひとつカセットを渡すと、それにも曲を入れてくれたように思う。中学生には難しいものもあったけど、とにかく歌うことが好きだったので、歌えそうなものは「イッツァリルビッファニ〜」などと一所懸命カタカナを振ったりして、英語っぽく歌えるように練習した。普通の授業でも、[θ]、[æ]などの発音記号から発音を教えてくれたので、授業をよく聴く生徒だった私は、ミスカトのおかげで、単語ごとの発音なら悪くはない。なお、歌の意味内容にはほとんど興味がなかった。
2020年8月31日月曜日
2020.8.31 「好き」に関する考察 思いナマコと思われマリモ
人と人との関係において、「好き」の量や質が完全につり合う奇跡というのはほとんど起こりえないので、たいていの場合は相対的にどちらかの方が相手をより「好き」、ということになる。もちろん人の数だけ「好き」のやり方があり、その人のなかでのめいっぱいの「好き」が他の人から見たら豆粒のように見えることもあるから一概に比較はできないが、とはいえ、「好き」同士に見える恋人たちや夫婦であっても、よくよく観察すれば、どちらかの方が相手をより「好き」であることはよくある話だろう。恋愛関係に限らず、上司と部下とか、友人同士でもそうだ。
仮に、ナマコとマリモいう2人で考えてみる。ナマコはマリモのことがめちゃくちゃ好きで、マリモはナマコのことがある程度は好きだという場合だ。
1対1の間柄なら、相手から思われる質・量は、自分が相手を思う質・量と同程度であってほしいとのぞむ場合が多いだろう。ナマコはマリモにもっと好かれたいと願って近づきすぎて、マリモはナマコの愛が重すぎると感じて遠のく。そこで2人の距離感は、マリモ(気持ちが弱い側)の意思によって決定づけられ、そこでバランスをとるのが一般的であるように思われる。「好き」は凶器になることがあるので、当然といえば当然だ。
ただし、まれにナマコ側の気持ちが優先されて、非常に近い距離感でバランスが成り立つことがある。マリモはナマコに(自分が相手を思う以上に)好かれていることを許容しており、一方ナマコはマリモから(自分が相手を思うほどには)好かれていないことを理解しながら、それでもいいと考えているわけだ。ここではナマコの片思い力と、マリモの愛の受容力(または鈍感力、または愛されたい力、または受け流し力、または心身がたまたまヒマであることなど)が釣り合っていて、思い自体がつり合っているわけではないのだが、はたから見ると、ただの仲良しである。
で、自分の場合はというと、友人関係にしろ恋愛関係にしろ完全に片思いナマコ体質なので(思いの質の境目が曖昧なので、ある種の友人や尊敬する人への気持ち=恋というケースが多いがまたこの話は別の機会に)、思われマリモ型の人にここぞとばかり愛を注ぐことで仲良くしてもらっていることが多い(いやもちろん、ふつうに相手を友人として好き、で、それと同程度相手からもそう思ってもらえている場合もある)。自分が相手を思うほどは相手から好かれないことに、なかば安心しているともいえる。かつて一度、自分と愛がつり合いそうな人と付き合ったことがあるが、ガチでお互い身を滅ぼすところだった。自分が敬愛していた相手に、自分が思うより思われてしまったときには、均衡を保つのに苦労した。そのときは、いったん引いて相手の気持ちを逸らしてから、お慕い申し上げ直した。
こういう人間は本来、誰か(手の届かない芸能人など)の「ファン」になるとか「推し」を設定するとかで気持ちを昇華していくのが望ましく、実際現在宝塚歌劇団には大変助けられている。結婚してどうだったかというと、夫はやはりマリモ型なのだが、ナマコよりデカい特大マリモみたいなかんじなので、いくら体当たりしても全部吸収するから安心だ。ただ、私の愛は愛で無限大∞なので、別に結婚したからといって一部の友人のみなさんに対しての片思いをやめることはないから、それについても安心(?)していただきたい。
2019年3月3日日曜日
2019.3.3 ずいぶんと俳句を発表してきたものだ
奇しくもこの日、19歳からずっと聴いていたGRAPEVINEのLIVEがあり、このバンドを好きになったきっかけである「光について」がアンコール1曲目だった。今日が人生の節目だ、という気持ちになった。
「里」への投句は、入ってわりとすぐに1年くらい休んだことがあったけれども14年半くらいいたんだから、1回7句×12ヶ月×13年半=1134句、それに特集などで特別作品を出しているので1200句近くは発表している計算になる。2012年の4号から参加している「鏡」は、1回に見開きで14句とエッセイが掲載される。30号まで出ていて欠詠なしなので、ここでもすでに378句を発表したことになる。
0号と1号で終刊した大学時代の「ワセハイ」、1号2号は紙媒体、3号は「週刊俳句」に掲載させてもらった「クプラス」、これらはすぐ終わってしまったけれども思い入れがある。「里」若手による「しばかぶれ」1号2号にも参加した。現在つくっている雑誌は第2期「guca」(第1期「guca」は電子書籍で3冊と紙で1冊出して2年の活動期限を満了)と「翻車魚」、ともに2017年創刊で2号まで出ている。「guca」は作品発表の場ではないが、ほかはそれぞれ10句程度以上は掲載されている。
発表というのとは少し違うものとしては、2006年から10年ほど角川俳句賞に応募していて(落選していて)、それだけで500句ある(一部は読めます→こちら)。その他、各総合誌や新聞等の依頼で書いたものもあるが、依頼が特段多いわけではないので、そのへんはほかの人と変わらないと思う。1年に1000句くらい書いた年もあったが、ここ2年は450句くらいだ。以前に比べれば捨てる句の割合は減った。
発表数が多ければ素晴らしいというわけではない。同人誌の場合、完全に自分の判断で発表するわけで、発表後恥ずかしくなるパターンも多く、あとから黒歴史が暴かれる可能性がある。高校時代から少しのあいだ入っていた結社「櫟」にも作品が載っているし、その前でいえば雑誌ではないけれども「FAX句会 俳句の缶づめ」には中学時代の句があったりするのは恐怖だ。けれども、一旦発表したものをあとから見て恥ずかしいとわかれば句集には入れない、とフィルター代わりになるのはありがたい(私の既刊句集2冊が厳選気味な所以である)。
「里」に出した句は、〈絵心よこんにちのカレーの名店よ〉〈ドット絵のおすしのうるむ日永かな〉〈松葉松脂すぺしゃるな海を出て〉のような外部からの依頼に出せなかった妙な句が多いが、〈手紙即愛の時代の燕かな〉は、たしか初出が「里」で、それを越智友亮が見つけてきたのではなかったか。
だからどうというわけではないが、少し感慨深くなったので書いた。
2019年2月4日月曜日
2019.2.4 親父のウコン乾燥機
元体育教師の叔父、「最近は飛っびょんよ」というので何かと思ったら退職してパラグライダーを始めたらしい。
叔父に誰かから電話がかかってきて、電話を切った途端、「今週末スキー行くことになったわ」と言う。「スキーは前からやっりょんですか」と聞くと「平成十七年にな、」と話が始まった。
「納屋が燃えたんよ。スキーの板やら一式全部燃えてしもたん」
「え、それって何が原因やったんですか」
「思うに、親父のウコン乾燥機や」
どうやらウコン乾燥機が発熱したかなんかで火が出て納屋が焼けたらしい。その後スキー用具を買い直し、またスキーをやるようになった、という話だったんだが、私は「親父のウコン乾燥機」という単語に釘付けで、スキーのことはどうでもよくなった。
ウコンはじぶんちで育てるものなのか。ウコンはじぶんちで乾燥させるものなのか。そのウコンはどうするのか。売るのか。粉末にして家で飲むのか。ちゃんと聞けばよかった。




















